1983年のルマンといえば無敵艦隊ポルシェによる7連覇の3年目
その年、小さくも大きな一歩を刻んだチームがあった
マツダスピードである
前年までのRX-7改造車から純レースカーの717Cへとマシンを変更
Cジュニアクラスということで、総合優勝は狙えないが
「完走する」から「勝負する」に意識を変えてきた年だと思う
マツダの継続した参戦を促すために主催者ACOがクラスを設けたとも言われるが・・・
当時、ネスカフェのCMでも有名だった「空力の申し子」由良卓也によるボディーワーク
ソラマメ号とも言われた最高速重視のデザイン
今見るとダウンフォースが不足しそうだが・・・カッコイイ!
大好きなレースカーのひとつだ
この717C、Cジュニアクラス優勝は果たすのだが、総合でひとつ上位に市販車改造のポルシェ911が居たんだ
市販車ながら純レースカーより上位に来る、ポルシェの強さを実感したものだ
特に耐久レースでの
717Cは727、737と改良を重ねる
写真は737(1985)
1986年の757
今までの2ローターエンジンに換え3ローターを搭載
排気量は約2000CCレシプロ換算3600CCとなり
クラスもIMSA-GTPへと鞍替え
いよいよ総合優勝も視野に入れてきた
そして忘れられない1991年
ついに総合優勝のときが来る
91年の「あの日」に遡る
断続的に24時間を放送する当時のテレ朝中継はゴール2時間前に再開された
飛び込んできたのは首位を行く787Bの姿!!
その驚き、興奮・・・あの瞬間のことは言い表せない
我に返ると「あと2時間、何もおきないでくれ」と祈った
2位とのギャップは充分だった
見事なレースだった
レギュレーションでは主催者に勝ち
スピードでジャガーに勝ち
インサイドワークでメルセデスに勝った
マツダの急激な追い上げに焦ったメルセデスはエンジンブローで自滅したのだ
マツダが追い続けた王者ポルシェ・・・既に敵ではなかった
写真はゴール直前、ルマン恒例のランデブー走行に入った787B
あれから20年以上が経つ
マツダの優勝を覚えている人は多いだろう
でも日産やトヨタが表彰台に上がったことを知る人はいるだろうか・・・
今年からルマン復帰のトヨタに言いたいのは勝負は勝たなければ駄目だということだ
F1も勝たずに止めてしまった。後悔しているのではないか
レースは勝つまでやらなければブランドの財産にならない
逆に勝てば100年経ってもPRに使えるのだ
アストンマーチンやベントレーがいい例だ
話が逸れたね(汗)
最後は当時のマツダスピード監督の大橋孝至さんと
優勝クルーではないが、長らくマツダのエースであり続けた片山義美さん
共に優勝を狙う二人は相容れない関係だったという
二人が勝利のためにしがらみを超えて共に闘ったのだろうか
今となっては想像の域を出ないが・・・
結果、ルマンに勝った
互いにプロ中のプロだったのだろうと思う